とある英雄譚のようです


決して投下するのがめんどくさいわけではないのです!


>1


彼のもとにそれが届いたのは、丁度太陽の下で身体を温めていた時だった。
彼らの一族が暮らしている一帯で最も高い山の、頂点に位置する大樹の上。
寝そべっていた男は薄目を開けてその存在を確認し、再び瞼を落とした。

( ФωФ) 「……そうか、もうそんな頃合いなのか」

柔らかい光に包まれながらも、手紙を象った魔力は自身の存在を主張する。
明滅を繰り返しながら、男の周囲に浮かんだまま。

( ФωФ) 「毎度毎度、丁寧なことだな。わざわざこのようなことをしなくてもよいのだが」

深い皺の刻まれた手を伸ばして手紙を受け取り、乱暴に封を破く。
中に入っていた一枚の便箋を読みもせずに、丸めて投げ捨てた。
白い光は風に乗って宙を舞い、山間に消えた。
宛名が無く、差出人の名前も無い封筒もまた、数秒後に同様の末路を辿った。

( ФωФ) 「今年は少し早かったような気もするが……やれやれ……。
         はたして彼か、そうではないか」

男の胸中に浮かび上がる情景は今から十数年ほど前。
今と同じように昼の光を浴びている時に現れた無粋な来訪者。

その魔術師は、用件だけ伝えるとそのまま飛び去って行った。
あまりに唐突な出来事に面食らいながらも、その名前だけは未だに覚えている。

( ФωФ) 「ドクオ……だったか」

手紙の魔術は、五百年間でたった一人の魔術師にしか許されていない。
差出人がドクオであるかどうかは、中身が示す場所に向かえば自ずとわかることであった。

( ФωФ) 「並べ」

起き上がった男が言葉と共に右手を振るうと、眼下に並ぶ木々が傅き、男ための階段を作り出した。
悠々と階段を下りた男を待っていたのは、異形の子供たち。

それぞれ身体の一部が樹木のままであるが、それを気にした様子はない。
両腕がこげ茶色の枝となった子供が、男の元へと走り寄る。
それに続いて他の子供たちも寄り集まって男を囲った。

「ねぇ! おじいさん!」

( ФωФ) 「なんだ」

「今日も精霊術をかけてよ!」

( ФωФ) 「わかった……。だが自分でも練習しておけよ」

「えー?」

( ФωФ) 「少し用があって出かけるからな」

「どこかに行っちゃうの?」

( ФωФ) 「心配しなくても、すぐまた会える」

男は子供の両腕を優しく掴む。
硬質化した皮膚が一瞬で肌色へと変化し、五指がはっきりとその姿を現した。
続いて別の子供の両足を、顔の横に生えた角を、背中にできた瘤を、
最初からそうだったかのように次々と消し去っていく。

「ありがとう!」

( ФωФ) 「ああ」

「じゃーねー!!」

( ФωФ) 「気をつけろよ」

男の忠告も聞かず、子供たちは森の中へ走り去っていった。
一人残された男は、何処からともなく取り出した木の枝に火をつけてくわえる。

( ФωФ) 「…………」

深い溜息とともに煙を吐き出し、地面に落として残り火を踏み消した。
裸足であったにもかかわらず、熱を感じた素振りは見せない。
僅かな煤の後を残し、男は森を望める高さまで助走無しで飛び上がる。

「捲れっ!」

突如響き渡った叫び。
その言葉に内包された精霊術が老人の周囲へ顕現する。

出口の無い風圧の檻が男を包み込んだ。
形がはっきりと見えるほどの激しい乱流。数十秒もの間、空気の塊は唸り続けた。
局所的な嵐が止んだ時、中に閉じ込められていたはずの男は、
何事もなかったかのように胡坐をかき、両腕を組んで何かを待っていた。

「輝けっ!」

森から迸った閃光が空を埋め尽くした。
太陽すら見えなくなるほどの強烈な光。

( ФωФ) 「ほう……面白い」

視界を塞がれてなお余裕を崩さない男。
光が収まった時、男が立っていた空間には一寸先すらも見えない霧が立ち込めていた。
驚いた顔をしながらも、襲撃者たちはあらかじめ用意していた次の一手を放つ。

「舞い上がれ」

「刻め刻め!」

半径数百メートルはありそうなその霧の球体に向けて、放たれる精霊術。
動作に合わせて森の木々から緑の葉が引きちぎられ、高速で空を打ち抜いた。
通常、何者かを傷つけることなどほとんどない木の葉は、
霧を貫通し遥か上空に揺蕩っていた雲までも穴だらけにする。

(゚、゚トソン 「どうだクソジジイ!」

中指を立てながら森の中から飛び出してきた巫女服の少女。
青いリボンを結んだ髪が激しい動きに合わせてなびく。
その手には鳥も殺せない様な細い樹の枝。

ミセ*゚ー゚)リ 「トソン、口が汚い。後その手癖やめな」

戦闘が行われていた場所から一キロほど離れた所で、
木の枝に座っていた少女が答えた。

(゚、゚トソン 「続けるよ! 準備して!」

届くはずもないほどの小さな声に対して、トソンと呼ばれた少女は明確に言葉を返した。

ミセ*゚ー゚)リ 「はいはい」

トソンと同じ服装で、緑色のリボンで髪の毛を束ねている少女は、
適当な返事をして精霊術を発動する。

(゚、゚トソン 「どうせ無事なのはわかってるんだ。これでも喰らえ」

トソンと呼ばれた少女が虚空に向かって手に持っていた棒を投げつけた。
殺傷力などあるはずもないそれは、回転しながら飛んでいく。

(゚、゚トソン 「重量増し増しっ!」

ミセ*゚ー゚)リ 「はぁ……。渦巻け!」

くるくると回っていた棒きれは音を立て、周囲の空気を巻き込んでその速度を上げた。
加速度的に増速する投擲物は、しかし何もない空中で弾けた。

(゚、゚トソン 「あれ?」

ゆっくりと晴れていく霧の中、そこに人影はない。
空中にとどまって辺りを見回すトソン。
周囲に残っている精霊術の痕跡を見つめる。

(゚、゚トソン 「うーん……」

唸って首をかしげてみるが、目的の相手が何処に行ったのかまるで見当がつかなかった。
諦めて相方のところに戻ろうとした時、二人の耳に探していた相手の声が届く。

( ФωФ) 「腕を上げたな、二人とも」

ミセ;゚ー゚)リ 「えっ!?」

森に潜んでいた少女の後ろに突然現れた男は、両手を軽く打ち合わせて音を鳴らす。
男が称賛の意を込めたそれも、少女たちにとっては地獄の合図でしかなかった。

( ФωФ) 「だが、まだまだだな。潜んでいるのに声を出したら意味がないだろうが。
         さて、反省の時間だ」

ミセ*゚ー゚)リ 「いや、私はちょっと……トソンが欲しがってたような……」

(゚、゚;トソン 「なっ……! ミセリっ!?」

( ФωФ) 「二人合わせてに決まっている」

ミセリの襟首を掴み、ロマネスクは飛び上がった。
音も無く、助走も無く、二人は森の中から遥か上空へ。

(゚、゚トソン 「やっば、ごめんミセリ。それじゃっ……」

( ФωФ) 「逃がさん」

背を向けて空を走りだしていたトソン目掛け、
ロマネスクは掴んだままの少女を投げつけた。

ミセ* ー )リ 「いやあああああああああああああああ」

(゚、゚;トソン 「いやいや、たまにはこれくらいで勘弁……ぎゃあああああああ」

空から降って来たミセリと宙に浮いていたトソンがぶつかり、錐揉み状になって森の中へ墜落した。
二、三本の木が衝撃のあおりをくらって倒れる。

ミセ*゚ー゚)リ 「ったたた……」

(゚、゚#トソン 「あーっ! もうっ! クソジジイ!」

( ФωФ) 「まだ足りてないのか」

(゚、゚;トソン 「え……」

青い髪留めをした方の少女だけがその後も続けて上空に打ち出された。
悲鳴が響くこと三度。ようやく解放された少女は、
その整った顔を髪飾り以上に真っ青に染めて地面に向かってえずいていた。

ミセ*゚ー゚)リ 「霧は囮かー」

( ФωФ) 「そうだ。大規模な術だからこそ目くらましに使える。覚えておけ」

(-、-トソン 「おぅぅっぇ……」

ミセ*゚ー゚)リ 「吐くんなら向こうで吐いてよね」

( ФωФ) 「精霊術の扱い自体はかなり成長している。
         このままいけば守護者となれる日も来るかもしれないな」

ミセ*゚ー゚)リ 「正直守護者とか興味ないんだけどね」

( 、 トソン 「わ……わだじば……」

服が汚れるのも気にせずに横たわったままのトソン。
うめき声のような音が唇から漏れる。

( ФωФ) 「まだ喋らないほうが良いだろうな」

ミセ*゚ー゚)リ 「守護者になったところで、どうせロマじいがいる限り誰も来ないでしょ。
       名の知れた世界最強の精霊術師なんだから。
       せっかく鍛えても発揮できないんじゃつまんないよ」

( ФωФ) 「そんなことはない。死の大地には気性の荒い龍が住みついているし、
         呪われた者達と獣の使い手達の戦争はまだ終わっていない。
         戦果が拡大すれば、その余波を受けるだろう」

ミセ*゚ー゚)リ 「遠い国の事だし」

( ФωФ) 「確かに俺たちが住んでいるこの大森林から近くはない。
         だが、強い力を持つ者は何処にもいつの時代もいる。
         それらがこちらまで来ないと何故言える」

ミセ*゚ー゚)リ 「その時はロマじいが倒してくれるんじゃないの」

( ФωФ) 「俺がいる限りはそうしよう。そうだな……お前たちにも伝えておこうか。
         俺は暫くここを離れることになる」

ミセ*゚ー゚)リ 「えっ!?」

(゚、゚トソン 「ど、ういうこと?」

やっと復活したトソンは、全身についた泥を落とさぬままに立ち上がる。

( ФωФ) 「大事な用事が出来た。それ果たすまで帰ってこれない」

(゚、゚トソン 「用って何? ジジイが行かなきゃいけないことなの?」

詰め寄る少女の肩を押さえ、ロマネスクは座るように促す。
地べたに腰を下ろしたトソンにミセリが裾を整えるように示した。
トソンは無言で服装を正し、二人は老人を見上げる。

( ФωФ) 「何事も心配することはない。お前たちはここで精霊術の腕前を磨いて待ってろ」

ミセ*゚ー゚)リ 「……いつ帰ってくる?」

( ФωФ) 「一年後だ」

(゚、゚トソン 「遅れたら許さないから」

( ФωФ) 「肝に銘じておく。二人とも、今日はもう家に帰れ。
         あの戦いの前にもかなり力を使っていたのだろ」

額に浮かべた汗と、少女たちの顔に色濃く出ている疲労。
自身に戦いを挑む前から、その力を行使していたことに男は気付いていた。

精霊術の最大の利点である、利用限度がないことをいいことに、
ミセリとトソンは他に類を見ない程、深く厳しい鍛練を自分たちに課してきた。
そのかいあってか、同世代の術師と比べて特に秀でている。

( ФωФ) 「精霊術にも限界はある。分かっているだろう」

(゚、゚トソン 「精霊になるんだよね。そんなことは知っている。
      今までだってもっと厳しい状態になったことがあったけど、なんともなかったよ」

( ФωФ) 「精霊化してしまったら元には戻れん。変化するタイミングも人それぞれなのだから、
         もう少しゆっくりと鍛えていけばいいではないか」

ミセ*゚ー゚)リ 「別に急ぐ理由は無いんだけどね。
       ただ、自分の実力が伸びていくのが分かるのは楽しいし、
       逆に停滞しているのはつまらない」

( ФωФ) 「……まったく。二人とも魔術師や呪術師に生まれた方が成功してただろうな。
         精霊術師にしておくのはもったいない」

ミセ*゚ー゚)リ 「人間の有限の術に興味なんかないね」

魔術師は自身の魔力が尽きた時、呪術師は触媒の力が失われた時、
その術を発動させることすらできなくなる。精霊術師に有限の術と呼ばれる所以である。
一方で精霊術は物質に宿る精霊を使役する術であり、
使用者の精神力が許す限り何度でも発動することができる。

力を使い果たしてなお精霊術を使い続けた者は精霊化し、
あらゆるものの記憶から完全に消え去ってしまうことを除けば。
そんなリスクすら全く恐れもせずに、少女たちは立ち上がる。

(゚、゚トソン 「最後にもう一度だけ……っ!」

( ФωФ) 「帰って休め。精霊術による負荷をかけすぎれば、いずれ心は摩耗し精霊化してしまう。
         そうなれば今のように友と笑って過ごすことも、追いつくべき相手を目指すことも出来なくなる」

(゚、゚トソン 「でもっ…………」

ミセ*゚ー゚)リ 「トソン、今日はもう帰ろ?」

(゚、゚トソン 「わかった」

下唇を噛みながら、震える声で答える。
ミセリに手を引かれながら、二人は自分たちの居場所へと帰る。
悔しさを隠しきることができないのは若さ故のことだと、
少しばかり羨ましいとも思いながら、ロマネスクは森の上空へ踏み出した。

|゚ノ ^∀^) 「教えてあげないのですね」

その後ろ、彼と同様に何もない足場に立っている女性がいた。
振り返ることすらなくロマネスクはその来訪者に応える。

( ФωФ) 「今更来るか保護者」

柔らかな小麦色の髪の毛が風に揺られる。
深くかぶった白い帽子のつばもまたそれに倣った。

|゚ノ ^∀^) 「あの娘たちを見守ることが私の役目ですから」

( ФωФ) 「見守る、ね。あれだけの力を行使するのを止めもせずに何を。
         それで、何を言いに来た」

|゚ノ ^∀^) 「彼女たちの秘めている力あんなものではありませんよ。心配しすぎです。
        あなた様相手に誤魔化しても仕方ありません。手紙が届いたのでしょう?」

( ФωФ) 「……そうか、お前は二度目だったか」

|゚ノ ^∀^) 「ええ。ロマネスク様。あなた様もお年です。
       もう長いことこの世界を護ってこられました。
       どうか後のものに任せてそろそろご自身をいたわってください」

( ФωФ) 「手紙は俺の元に来た。それが答えだ」

|゚ノ ^∀^) 「もしかしたら、一度招集された者は死ぬまで招集され続けるのではないでしょうか」

( ФωФ) 「確かに、俺は死者以外で離脱したものを知らない。
         だが、誰に任す。俺の後を継げる者などいはしない」

|゚ノ ^∀^) 「ご自分の立場をもっとよく理解していただけると助かります。
       もはやあなた様はこの大森林の象徴。万が一にも欠くことができない存在なのです」

( ФωФ) 「国の区切りなど、世界の終焉の前には些事だ」

彼女は現れた時と同じように唐突に男の眼前へと移動した。
並び立てば、ロマネスクの胸よりも低いぐらいだろうか。
大人と子供ほどの差があれど、堂々と向かい合っていた。

|゚ノ ^∀^) 「僭越ながら、あなた様をとめるだけの力はあると思っています」

( ФωФ) 「試してみるか?」

一瞬の静寂。弾かれたように距離をとった二人はお互いの掌を前に向ける。

使役された大気の精霊が二人の中心点でぶつかり衝撃波を引き起こした。
空気の波紋が山の表面を撫で、木々が大きくうねる。

|゚ノ ^∀^) 「彼の者を穿て」

山端から引き剥がされた大樹が五本。
激しく回転しながらロマネスクを貫かんと迫る。

( ФωФ) 「支配力は申し分ない」

ロマネスクが人差し指を立て、空をなぞった。
何もないはずの空に突如としてできた裂け目。
飛来した大樹は粉みじんに吹き飛んだ。

|゚ノ ^∀^) 「っ! 固まれっ!」

両の掌を前に向ける。
氷の壁が何枚も生まれ、次々と砕けた。

( ФωФ) 「反応も早い。だが……」

激しい戦場に吹いた無害な弱い風。
殺意も、害意すらも無いそれは、他の攻撃に紛れてその命じられた意図を成し遂げた。
氷の壁で前面を覆っていたはず女性の帽子が、風に吹かれて飛び去って行く。
瞬きするほどの間に起きた出来事に、女性は対処することすらできない。

|゚ノ ^∀^) 「……御無事で」

精霊術師同士の戦いにおいて、その勝敗は場の支配力で決まる。
彼女の衣服の一部にロマネスクの術が触れたということは、敗北を認めるのに十分な理由であった。

( ФωФ) 「もう何回も繰り返してきたことだ。今更選択を誤ったりはしない」

|゚ノ ^∀^) 「もうお年です。あまり無理をされない様に」

( ФωФ) 「その言葉はお前の先代と先々代にも言われたよ。
         その前は忘れたが……。レモナ。力を持つというのは厄介なことだ」

|゚ノ ^∀^) 「私程度が同意するのもおこがましいでしょう。ここでお帰りお待ちしております」

( ФωФ) 「ああ。行ってくる」
  
何もない空を優雅に歩く。
眼下に広がる森の中から飛んでくる声に軽く手を振りながら。

( ФωФ) 「……少しペースを上げるか。暴龍に絡まれると面倒だ」

一際強い風が吹き、森全体が大きく揺らいだ。
下から見上げていた者達が瞬きした後に仰いだ空には、もう男の姿はなかった。


>2


黒く澱んだ空の下、二つの存在が向かい合っていた。
一つは人間の姿。もう一つは、それを丸呑みできそうなほどもある黒い龍。
苛立ちが込められた羽搏き一つで、塵と灰が嵐のように吹き荒れる。

( ФωФ) 「……そこを退くつもりはないのか?」

「俺の国を許可なく通っておいてそれか?」

近くの山が噴火し、紅く輝く溶岩が大気を震わせる。
黒く焼けただれた地上に、絵の具を落としたのように拡がる灼熱。
自然の暴威の前には、頑強な身体を持つ龍属ですら容易くその命を失ってしまう。
故につけられたこの地の名前は、死の大地。

( ФωФ) 「何百年前からの話だ? 少なくとも千年前は違ったと思うが」

「大口をたたきおる。精霊術師程度が」

( ФωФ) 「暴龍ヴィオレンサ。次は無い」

「やってみるがいい」

言い終わると同時に黒龍が吐き出した火球は、いとも容易く男を飲み込んだ。
跡形もなく消えたと思われた男は、何食わぬ顔で同じ場所に立っていた。

「……何をした」

( ФωФ) 「何も?」

「ふざけおって」

男の周囲を全て燃やし尽くすかのように放たれた火球の数は十。
それらは音も無くかき消された。

「……なっ!?」

( ФωФ) 「小手調べは充分か?」

「……よかろう」

大地に両の足を落とした黒龍は、付近一帯の熱源を口腔に集中させる。
明確な殺意を持った予備動作に対して、ロマネスクは動かない。
先程までとは比にならない程に膨張した大火球が、ほんの一握りの光へと凝縮される。

「アルフォス」

爆音と共に光が弾けた。
膨大な熱量が暗雲立ち込めた空を貫く。
一直線にロマネスクの元に迫り、その直前で何かにぶつかって方角を大きく変えた。
黒雲を断ち切って青空すら垣間見せるほどの一撃。
それを弾かれた黒龍は目の前の矮小な存在を睨みつける。

「……」

( ФωФ) 「実力差を分かってくれたか」

「精霊術か……下等な人間には過ぎた力だ」

( ФωФ) 「まだやるのか」

「舐められたままでは終わらんぞ」

飛び上がったヴィオレンサはその鋭い爪がロマネスクの脳天に振り下ろす。
大地を容易に削り取るほどの一撃が、風切り音を挙げて迫る。

( ФωФ) 「砲撃が駄目なら物理、いかにも獣の考えそうなことだ」

ロマネスクが手を軽く横に振るう。
たったそれだけの行為にどれだけの力が込められていたのか。
汚れた爪は、半ばから半分に折れていた。

「……!」

その衝撃で揺らいだ黒龍の身体は、うめき声をあげる間もなく地面に激しく叩きつけられた。
身体の半分を大地に沈めながら、頭だけをもたげて未だ宙に浮かぶロマネスク睨む。

( ФωФ) 「たかだか精霊術と侮ったか、龍属。
        確かに、三術の中でも最も力が弱いと言われているがな。
        その実、最も汎用性の高く豊富な術式があることを知らなかったか」

「貴様……人間ではないのか?」

( ФωФ) 「ようやく気付いたか。以前戦った龍属の女王は一目で見抜いたぞ」

「妃龍クレシア……龍属の歴史で王の座に就いた唯一の雌龍だ。
 そして我らの歴史の最大の汚点。冗談を言うな。二千年以上前の話だ」

( ФωФ) 「たった二千年だ」

「確かに、精霊術はその者と精霊との干渉が長ければ長いほど強い力を得る。
 ……貴様の話が本当かどうか試してやろう」

( ФωФ) 「さっきので十分だろうに。この星ごと壊すつもりか?」

「貴様が受けきれば済む話だ」

瓦礫を崩しながら起き上った黒龍。
口腔から次々と火球を生み出し、それらが背中の上で回転し始める。
球体が円を描くほどの速度を得て、大地からそれに呼応するように火柱が立ち上がる。

「オメガドォーリ」

ドロドロに溶けた溶岩が螺旋状に編み込まれて圧縮され、巨大な槍を形成する。
音速を越えて加速した炎が爆発し、紅の大槍を前方へと弾き飛ばす。

( ФωФ) 「鎮まれ」

たった一言。
星をも貫きかねない一撃に対して、男が唱えた言葉はあまりにも単純だった。
精霊術とは程度の低いものであれば誰でも利用することができる術であり、
発動に難しい計算も複雑な条件も必要としない。
だからこそ、突き詰めた実力者のそれは絶大な威力を誇る。

ロマネスクの研ぎ澄まされた精霊術は、黒龍にすら冷や汗と呼ばれるものを体感させた。

「……」

跡形も無く消滅した自身の最大の技を見て、ヴィオレンサは認めざるを得なかった。
目の前にいる男は規格外の存在であるということを。
人間ではない超常の生物であるということを。

( ФωФ) 「これで十分か。それとも……その首を落とさねばならないか?」

「貴様、名は何という」

( ФωФ) 「ロマネスク・デトロ」

「……老樹ロマネスクか!」

( ФωФ) 「その呼ばれ方はあまり好きではないんだがな」

「得心がいった。道理で敵わぬわけだ。精霊術の祖であったとは……」

黒龍は大きく唸った。
自らが敵にした者の恐ろしさが、今になって彼の全身を震わせる。
この世界に住む生物の中で最も強い身体を持つ龍族ですら争いを避けるべき相手の名。

「この首、落とすのならば好きにしろ。どうせ抵抗は無意味だ」

誇り高い龍族らしく、ヴィオレンサは両の後ろ足でまっすぐに立つ。
その灰の瞳が、真っ直ぐにロマネスク見据える。

( ФωФ) 「殺すつもりなどない。最初から言っている。そこを退けと」

「貴様……なぜ精霊の森を離れている」

命が繋がったことを理解したヴィオレンサは、気になっていた疑問をぶつけた。
彼の覚えている限り、絶対に手を出すなと言われていた対象はたった二人。
砂礫の魔術師ヒッキー・ドレイクと、神域の精霊術師ロマネスク・デトロ。

だがしかしこの二人の強者は自らの守護する領域を出ることはないと、
龍属の中では言い伝えられていた。

( ФωФ) 「少し用事があってな」

「用、だと?」

( ФωФ) 「説明するのは面倒だ。俺はもう行くぞ」

「待て。貴様ほどの力を持つ者が何を急ぐ」

( ФωФ) 「……まぁいい。確かに余裕はまだある。
         話し終えた後に目的の場所にまで俺を運んでくれるなら、話さないことも無いが」

「聞かせてもらおう。運ぶかどうかはその後に決める」

実力差がはっきりしたところで、ヴィオレンサはその態度を崩さない。
あくまでも高圧的に、自らの威を示すように。
それに苛立つことも無く、ロマネスクは淡々と答えを告げた。




( ФωФ) 「……この世界は五百年に一度滅ぶ。そう、決まっている」




「滅ぶ……? 馬鹿な。現に世界は数千年と続いている。
 貴様と比べれば赤子のようなものかもしれないが、俺とて既に三百年は生きている。
 俺よりもずっと長く生きている者もいた」

( ФωФ) 「滅びを止める者達がいたからこそだ」

「滅びを止める……?」

( ФωФ) 「五百年に一度、この世界に悪魔の使者が箱舟と共に現れる。
         放っておけばおよそ生き物の住める星ではなくなるだろう。
         未だこの世界が存続しているのは、数人の強者がそれを都度撃退しているからだ」

「たった数人で止められるほどの災厄か。
 大したことは無さそうだな」

僅か数人でできることなど、たかが知れていると言わんばかりの態度。

( ФωФ) 「俺を含む世界最強の数人だ」

「だがそんなものどうやって選ぶ」

( ФωФ) 「そのために用意された魔術がある。」

「ふむ……俄かには信じがたいが。それで、その滅びが迫っているという事か?」

( ФωФ) 「危機に際して選び出された数人の元には魔術で創られた手紙が届く。
         俺はもう何度も読んだからそのまま捨ててきたがな」

「何度も、戦っているのか」

( ФωФ) 「もう何千年も前からだ。俺だけが生き残って来た」

ロマネスクは、その腕に少しだけ熱がこもっていることに気付いた。
どれほど昔の事であろうと、激しい戦いは瞼を閉じればすべて思い出せる。
失った仲間も、倒してきた敵も。

( ФωФ) 「俺の寿命が他より少し長かっただけのことだ」

「悪魔とやらは、いつ現れる」

( ФωФ) 「いつも決まって年の始まり。今からちょうど一年後だ」

「…………」

( ФωФ) 「少し話が過ぎた。俺はもう行くことにする」

ロマネスクは立ち上がりヴィオレンサの横を通り過ぎる。
黒龍は何も言わず、瞳だけでその歩く先を見つめていた。


>3


一面の緑。吹き抜ける風さえも喜んでいるように見える。
破壊と再生を繰り返した地形は起伏が大きく、波打つ海のようにも見えた。

( ФωФ) 「さて、どちらがいるか」

ロマネスクを出迎えたのは、高密度な魔力矢。
直前まで頭があった空間を引き裂いた。

( ФωФ) 「随分な挨拶だな」

大地から鎌首をもたげた巨大な土塊。
罅のように細長く伸び、ロマネスクを飲み込んだ。
そのまま宙に浮かぶ球体へと変化し、内部から弾けた。
中から無傷で出てきたロマネスクは、その腕についた土ぼこりを掃う。

( ФωФ) 「魔術というのは相変わらず何でもありか。だがこれは……」

ロマネスクを牽制する様に湧き上がってくる土煙。
大地の魔術は、噂に聞く高名な魔術師の得意としていた属性だということを思い出す。

( ФωФ) 「これから共に戦う仲間を相手に……どういうつもりだ」

僅かながら言葉に込められた怒気。
ロマネスクの目に映る精霊たちは、彼の感情にぶつけられ荒々しく変化していく。
土煙は渦を巻いて嵐になり、ロマネスクがそれらを睨んだだけで凪いだ。

煙の向こう、護り手の丘に立っていた男は、杖を構えたまま動かない。
全身を覆う紺色のローブに、目深に被った帽子。
練り込まれた強大な魔力は、男の周囲に蜃気楼を生み出すほど。

( ФωФ) 「答えないのなら、そこを退け」

ロマネスクは自身の周囲にいる精霊に命ずる。
目の前の不届き物の命を奪ってしまえと。

優れた精霊術師の言動を、精霊たちは自発的にかなえようとする
彼に命じられた数多の精霊は、自らの持つ力を総動員する。
精霊が連なって重なり合って創り出された極厚の刃。


「サンドストーム」


魔術師らしき男の振るった杖から放たれたのは、一帯を覆いつくすほどの砂の刃。
無数の刃は、一斉にロマネスクを刻まんと奔る。

( ФωФ) 「煩わしいッ!」

ロマネスクと魔術師を繋ぐ直線状で、二つの攻撃は轟音と共に火花を散らした。
ただしそれは、同じ力の塊がぶつかり合う音ではない。
一方的に、蹂躙する音。

砂の魔術は分断され、虚空を穿つ。
勢いを失って砕けて空に散らばった。
砂埃が晴れた時、魔術師の男は精霊の刃により身体を縦に両断されていた。

( ФωФ) 「……そういうことか」

魔術師の身体は溶けて消え、先程まで何もなかった場所に、ラウンドテーブルが現れた。
七つの席があり、一目見ただけでも自身と比べて遜色ない実力を持つ者が三人座っている。
誰もいない席に一つ、湯気の出るティーカップが置いてあり、
そこが自分にあてがわれた席だとすぐに理解して座った。

川 ゚ -゚) 「遅かったな、老樹殿」

黒髪の女がゆっくりカップを傾ける。

【+  】ゞ゚) 「何か理由でもあったのでしょう」

仮面をつけた青白い顔の男が、後に続けた。

('A`) 「寄り道していただけだろ。久しぶりだなロマネスク」

( ФωФ) 「ドクオか……あの時話していた通りになったな」

('A`) 「約束は守る性質でね」

( ФωФ) 「しかし、人間と死霊とは……今までにない組み合わせだな」

('A`) 「俺が何とかコンタクトをとれた者達だ。他には誰が来るのか予想もつかない。
     レタリアの不便なところだ」

( ФωФ) 「ふむ……」

先に座っていた初対面の二人を見つめるロマネスク。

川 ゚ -゚) 「あまり見定めするのは失礼ではないか老樹殿」

( ФωФ) 「それもそうか。ドクオから聞いているかもしれないが、先に名乗らせてもらおう。
         俺の名はロマネスク・デトロ。大森林の老樹。精霊術師だ」

【+  】ゞ゚) 「最古の精霊術師。物語の英雄ではないですか。共に戦えるのは光栄です。
         私の名は、オサム・ローホ。呪術師です」

( ФωФ) 「呪われた者達か……」

【+  】ゞ゚) 「ええ。忌み嫌われている我ら一族ですが、決して背後から刺したりはしませんので。
         どうか誤解無きよう」

オサムが差し出した右手を、ロマネスクが握り返す。
周囲の精霊が少しざわついたが、それ以上の変化はなかった。

川 ゚ -゚) 「クール・スノウ。見て分かっていると思うが人間だ」

( ФωФ) 「人間……?」

川 ゚ -゚) 「老樹殿は我が国の伝説となって未だに語り継がれている。
      それだけの情報で私の出自は十分だろうか」

( ФωФ) 「……俺が伝説となった国、か。なるほどな。
         魔力量だけ見ればとても人間には見えないが。
         それに、精霊術も少しは使えるのだろ」

川 ゚ -゚) 「老樹殿には及ばないがな」

( ФωФ) 「それで、どうしてこんなに早く俺たちを集めた」

('A`) 「これだけの人材が揃った今しかないと思ったんだ」

( ФωФ) 「なに……?」

('A`) 「このふざけたシステムを破壊する」

五百年に一度訪れる世界の危機。
それに何者かの意図が介在していることを疑ったドクオは、多くの時間を研究と調査に費やした。
その結果、一つの仮説にたどり着く。

('A`) 「この終焉は何者かに用意された状況だということだ。
     それを裏付ける情報が必要なら、全員が揃った後にいくらだも出してやる」

( ФωФ) 「いや、俺にその必要はない」

ロマネスク自身も、抱いていた違和感。
自然災害とは違う、世界の危機。
全く同じ期間で発生するそれは、ロマネスクの生まれた森にもなぜか 伝承として残っていた。

( ФωФ) 「方法はあるのか」

('A`) 「早く集まってもらったのはそれを見つけるためだ。とりあえずは、そうだな。
     お前の持つ知識を俺らにも分けてくれ」

( ФωФ) 「……いいだろう。ただし、対策が不十分であれば俺は反対するぞ」

('A`) 「全員が賛成しない限りは実行するつもりはない」

ドクオは机の上に魔術式を書き込む。
それは、記憶の抽出を行うための魔術。
ロマネスクは躊躇うことなく指先を傷つけ、血液をその上に落とした。

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